【超貴重】1987年、パチマガ創刊号に掲載された田山幸憲プロのインタビュー①【掲載】

1987年当時の田山幸憲プロ。

パチンコ必勝ガイド創刊よりも前の超貴重インタビュー。

本日6月7日は、名機ナナシーの正当後継機「P SUPER電役ナナシーSPECIAL」の全国導入開始日。

そのナナシーと言えば、、、とオールドパチンコファンに思い起こされるのは、パチンコライター界のレジェンド中のレジェンド「田山幸憲」プロではないでしょうか。

 

2001年7月4日、病気のため惜しまれつつ54歳の若さでこの世を旅立たれた田山プロ。パチンコ必勝ガイド誌上で1989年から10年以上にわたり「田山幸憲のパチプロ日記」を連載されていました。

筆者も毎月2回、必ずガイド発売日にコンビニへ買いに行き、ワクワクとしながら最初にページの開いたのは、かのコラムでした(当時のパチンコ打ちは、マガジンもガイドも両方買う人が多かったのです)。自分と同世代のパチンカーは「シメシメルック」とか「デキた!」等々、ツレとの会話で田山語録を真似ていた人もきっと少なくないでしょう。

 

ところで、その田山プロ、実はパチンコ必勝ガイドが創刊される前年にあたる1987年の「パチンコ攻略マガジン」創刊号に、インタビューされていたことを、皆様ご存知……ではないと思います。なにせ昔のこと過ぎて筆者も最近、偶然サルベージするまで知りませんでしたし、Wikipediaにも書かれていません

 

そこで今回から数回に渡って、この超貴重な田山プロのロングインタビューを掲載します。

往年の田山プロファンも、初めて名前を知ったような最近のパチンカーの皆さんも、今から34年も前の言葉とは思えない、今でも確実に胸に刺さる金言の数々に、是非触れてみて下さい。

パチンコ攻略マガジン創刊号(1987年12月24日号)
パチンコ攻略マガジン創刊号(1987年12月24日号)

ドキュメント・ザ・パチプロ 9時出勤の"ジグマ"パチプロ、田山幸憲。

「開店の5分前位から店の前に人の列ができ始めると、殺気立つね。もういまでは古株のほうだから5分前に行っても一先に入れてもらえるけど……。やっぱ意気込み、というか"さあ日当分は稼がなきゃ"っていう気持ちになる。僕にとってパチンコは遊びでありながら、遊びじゃないから」

 

東大中退という経歴を持つパチプロ、田山幸憲、41歳。本格的にパチンコと取り組み始めたのは25、6歳の頃。以来15年間、パチンコだけで生計をたてているという。パチプロの他はこれといった職歴!?もなく、学生時代にアルバイトの合い間、暇つぶしに始めたパチンコがごく自然に彼の生業となった。

 

「パチプロになりたいと思ってなったヤツは少ないだろうね。結局、他には何もできないからやっている。ただだらしないだけだよ」

 

"だらしのない惰性の生活"といいながらも田山氏の生活はまるで判で押したように正確に刻まれる。朝は8時に起床、9時に家を出て、歩いて20分ほどのパチンコ店へと向かう。徒歩で行く理由は「時闇が正確だから」。開店までは行きつけの喫茶店で時間をつぶす。2日酔いのときだけはアイスコーヒーだが、たいていはホット。いつのまにか彼の"指定席"となったテーブルからは、かのパチンコ店の入り口が見渡せる。

 

「動き回ることが好きじゃない。だからパチンコ店を変えるのも億劫で滅多に動かないね。俗にいう"ジグマ"。1つの店を決めたらなかなか動くことはしない。10年以上やっていても、行っている店の数はごくわずかだと思う」

 

田山氏がパチンコを始めた頃はまだ、手打ち全盛だった。彼がパチプロの中でも古株となる現在までにパチンコ自体もさまざまな変貌を遂げている。平台の手打ちが消え、打つと出っ放しになるチューリップは禁止となった。しかし、レジャー全盛時代となった現在、手軽に楽しめるパチンコは見直され、人気も再び高まってきている。

 

「女性がとにかく増えた。顔馴染みの主婦が負けてばっかりなんで、台を譲ってやることもある。女性専用台なんて、いまじゃ少ないだろうね。このパチンコに関してだけではないけど、いまは本当に男も女も関係なくなってきた。ハタで見てると、あんまり毎日、それもずーっといるもんだから、こっちが心配になっちゃうおばちゃんもいるんだよね……」

「いまのプロには腕よりもタイミングを見きわめる判断力のほうが必要だよ」

開店と同時になだれこむひとかたまりの集団。昼間は仕事をやらない人間、隠居した暇つぶしの老人もいる。もちろん、パチプロは必ずこの時間帯から、突入している。パチンコの必勝法はいち早く玉の出やすい台を見つけること。電動式となったいまでは、腕の差は関係ない。プロでも素人でも出る台は出るが、出ない台は出ない。それだけに、開店と同時に神経は研ぎ澄まされ、目は血走る。

 

「技術で玉が出たのは手打ち台の頃。プロでなくては出ない台があった。いまはタイミング次第で1つの台が回収台にも開放台にもなるんだ。だからいまのプロには腕よりもタイミングを見きわめる判断力の方が必要だよ」

 

店に突入すると同時に狙い目の台をライターなどで仮押さえする。狙い目の台は前の日までの玉の流れや、釘の開き具合で決定する。押さえるのは1台だけ。あとはそれ以上出そうな台はないかサーツといろんな台を見て歩く。出そうな台を見きわめたら、あとは忍耐力。ただ粘ればいいというものではないが、1台に集中しているほうが出やすい。パチンコも最後の勝負は精神力が決め手になる。さらには釘師の計算を読むことも必要だ。釘を開けているようで、実際は締まっていることもある。釘師はゲージ棒で釘を調整するので、それは目で見えるものではない。玉の流れで判断する他はないのだ。

 

「昔はハンマーやペンチで動かしてたから、動かすと釘の頭の部分に跡が残る。それを見るのに虫眼鏡を持参するという人もいたらしい、お笑い草だね」

 

どんなに台が読めても、パチンコはスリ始めると何万円という単位で玉を飲み込んでしまう。プロに大切なのはその引き際と見きわめのようだ。

 

「パチンコに凝ってみようという人がいるかもしれないけど、あまり積極的には勧められない(笑)。ただ台を決める方法は、何回もそのパチンコ屋に通って、まず誰がやっても出ている台を見つける。その台にしばらくは集中して、出るときの釘、出ないときの釘の状態を記憶するようにする。そのうち、自然に台の読み方が決まってくる。要は自分の経験に基づいた判断だ。ただ、いまはタイミングで出たり出なかったり。飛行機台みたいなものはプロも素人もほとんど関係ない。気楽に楽しむ分には、無駄に神経を使うことはないんだよ」

 

誰にでも楽しめるパチンコだが、それを生業とし、プロと呼ばれるにはそれなりの厳しさも持っているはず。田山氏はやさしげに笑いながら、パチプロとしての生き様についても語ってくれた。

続く。

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